歳時記1/24(24ぶんの1)きたみなみ Usui 雨水

2月19日  雨水(うすい)、 雪のいのち

荒れた朝に雨水(うすい)を迎え
2月19日の札幌の朝は吹雪いていました。昨晩から風が吹き荒れ、明け方白々と次第に明るくなりはじめた頃、窓の外を眺めると吹雪模様でした。まさにホワイトアウトの白一色の景色で、遠くの山の姿も、すぐ手前の住宅の姿も見えませんでした。いつもと違った吹雪の朝が2026年の北海道札幌市の自宅でむかえた雨水(うすい)の朝でした。

水滴が教えてくれた

「あめみず」と書いて「うすい」と読みます。二十四節気の二番目の季節の節目になります。雪が雨に変わる頃ゆえこの季節の変わり目は雨水(うすい)と呼ばれています。そうだからでしょうかわかりませんが、そうだからと思いたいところです。今朝は吹雪いてはいるものの、しばれる真冬とは違って、窓ガラスの外には水滴がついていました。「おやっ」と思いました。今までなら凍っていたはずなのに、吹雪で打ちつけられた雪が雨粒に変わっていたのです。

季節の目盛りを測って春に向かっている事実を確かめたい

通勤で駅まで吹雪の中を歩いていた時も、コートに付着した雪は、サラサラと落ちていかず、すぐさま布地の上で溶けてコートを濡らしていました。コートの上で、雪の雨への変身ぶりに、まさに雪から雨に変わる雨水(うすい)という季節の節目を感じざるを得ませんでした。北海道は冬が長いと嘆きの声を聞きますが、長い冬をモノサシに置き換えて、秋と冬と春の間に刻まれた目盛りを測ってみると、今日の雨水(うすい)の雪の変身ぶりを見て、冬から春へと数センチ動いたように思えます。その季節の変化を雪の変身は教えてくれています。

冷たい雨か、温かい雪か

九州に住んでいた頃、2月半ばの雨水(うすい)の頃に降り注ぐ雨には、身を凍えさせる冷たい雨という印象がありました。冷たい2月の雨は、陽の光に青みを増していく木々や、開花しようとする蕾たちに、待ったをかけるかのように冷たく降り注いでいるように私には見えていました。九州が普段温かいからなおさらのことこの時期の雨をそう感じたのかもしれません。

逆に、北海道に降る2月の雨は、「雨が降って暖かくなったなあ」と感じさせてくれます。やはり、北海道は普段が寒いからそう感じるのかもしれません。2月半ばの雨水(うすい)の頃はまだ、北海道の多くの地域は雪景色のままですが、この頃から雪が降ったり雨が降ったりを繰り返しながら春へと向かっていきます。雪は厳寒期より雪質が変わり、冷たい雪から温かくなったような雪へと変化して雨になっていくのだと思われます。雪解けが進み、水は川となって流れはじめていきます。雨水(うすい)とは固まって止まっていたものが、溶けて流れる変化が見えます。

雪から雨へ、固体から液体へ、静から動へ

雨水(うすい)とは、雪が雨に変わる固体から液体への変化の時です。液体の水は地球上を循環し、あらゆる生物の命を支える媒体となって流れています。古代ギリシャの自然哲学者であるミレトスのタレスは、「万物の根源は水である」と唱えました。それは命あるものすべてが水を無くしては、存在を維持できないことにあるからです。そのように、古来から水により、全ての命が育まれ養われていると説かれていますが、事実、すべての生命体が水の恩恵を受けてその命を維持しています。溶けて流れていくことで命の源になるのです。しかし、液体である水はある条件でしか存在しないことを知る必要もあるです。

液体である水は0℃〜100℃でしか維持されない

広大な宇宙のレベルで、また太陽系のレベルにおいても、水という液体を維持するためには、現在の地球の位置は絶対です。宇宙の平均温度は、−270℃といわれ、その状態だと地球の水は氷のままです。また、太陽などの恒星である太陽の近くにあっては、100℃を軽く超え、水は気体となってしまいます。だから、雪が雨に変わり水として循環し続けられるという出来事は、宇宙レベルで考えればとても奇跡的なことであり、その中で生命が生かされていることを考えてみれば、それは神秘的な出来事だといえるのではないでしょうか。

雨水(うすい)をいろいろ考えていたら、地球環境問題に至ってしまった!

この度、二十四節気の雨水(うすい)を考えていくことで、とんでもなく広大なスケールにまで考えが及んでしまいました。雨水(うすい)の頃に、雨(=水)になってしまった雪を切なく思いましたが、命を養う役割を担って生まれ変わるのです。しかも、その水は宇宙の中で限られた資源である命の賜物であるのです。

旧約聖書の創世記2章5節には「神が雨を送らなかったので、木も草も生えていなかった」という内容の記述があります。雨、つまり水が偉大な恩恵を生命にもたらしていることを古今東西にわたって人類は語り教えてきたのだと思います。雨水(うすい)を迎えて、人々があらためて水の恩恵に感謝して遠望神慮できるものならばと願います。

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