歳時記1/24(24ぶんの1)きたみなみ Kokuu穀雨(こくう)

4月20日  穀雨(こくう) ”Grain Rain” 天からの恵みの雨が注がれる

穀雨の頃、きたみなみ

4月下旬に入り、札幌はようやく桜が咲き始めました。本州より一ヶ月遅れて訪れる春は、一気にやってきました。桜が咲いたかと思えば、コブシ、チューリップ、タンポポ——次々と花が開き、街が一気に色づいていきます。その慌ただしいほどの春の賑わいが、北国の人間には毎年たまらないのではないでしょうか。

私が九州・佐賀に住んでいた頃は、春の陽気が長く続く穏やかな季節が記憶に残っています。縁側でぼんやりと過ごせるような、やわらかな日差しと風が心地よかったです。ところが最近は温暖化の影響で、佐賀の春も汗ばむような日があるといいます。南も北も、季節の顔が少しずつ変わってきているのでしょう。

陽の光が日々強まるにつれ、次第に草木が萌えはじめる

穀雨とは

穀雨とは、二十四節気の第六節気。毎年4月20日前後にあたります。その意味は字のとおり、「穀物を育てる雨が降り始める頃」。春の種蒔きに合わせるように降り注ぐ雨を、先人たちは「恵みの雨」と呼びました。

古い農書には「雨生百穀」という言葉があるそうです。雨は百の穀物を生む、という意味です。この一言に、穀雨という節気の本質がすべて込められていると感じます。

一粒の麦が数倍の実りをもたらしていく。

穀物は命と文明を支えてきた

穀物は、古代の時代から私たちの生命と生活を支えてきました。稲、小麦、粟、大麦、トウモロコシ——穀物なくしては、人類の文明はありえなかったと思います。

日本では、米の重要性は経済の単位にまで及んでいました。江戸時代まで使われた「石高(こくだか)」という言葉がそれを示します。大名の権力の大きさも、藩の経済規模も、すべて米の収穫量(石)で測られていました。「百万石の大名」という表現は、いわば「百万石分の米を生み出す力を持つ領主」という意味です。穀物が社会の根幹を成していた時代の名残と言えるでしょう。

穀物の栄養力——玄米と修行僧の話

穀物は主に炭水化物を供給するものと思われがちですが、実はそれだけではありません。玄米や全粒粉などの、胚芽を残した「全粒穀物」には、ビタミンB群、ミネラル、食物繊維、そして良質なタンパク質まで含まれます。タカキビに至っては「大地の肉」と呼ばれるほどタンパク質が豊富だと認識されています。こうした穀物は「完全食品」と呼ばれることもあります。

修行僧が玄米と塩だけで過酷な修行を乗り越えていく、という話を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。実際、玄米一粒に命を支えるだけの栄養が凝縮されています。穀物という存在の奥深さを、あらためて感じさせてくれる話です。

世界の穀物生産——楽観できない現実

しかし、穀物生産の世界的な現状は、決して楽観できないのが実情です。

ロシアによるウクライナ侵攻(2022年〜)は、世界の小麦・トウモロコシ供給に深刻な打撃を与えました。ウクライナは「ヨーロッパのパンかご」と呼ばれるほどの農業大国であり、両国合わせて世界の小麦輸出の約3割を占めていました。国連食糧農業機関(FAO)の食料価格指数は2022年に過去最高水準を記録し、中東・アフリカを中心に食料危機が深刻化しました。

さらに地球温暖化による異常気象も、穀物生産を脅かしています。干ばつ、洪水、熱波——気候変動は収穫量の不安定化を招き、特に途上国での食料不足に拍車をかけています。

日本においても、状況は決して安心できるものではないと思います。農林水産省のデータによれば、日本のカロリーベースの食料自給率は2022年度で38%。先進国の中でも最低水準にあります。自給できない穀物を輸入に頼り続けている現状は、有事の際のリスクとして深く認識されるべき問題と言えるのではないでしょうか。

人類はいつから穀物を食べてきたのか

そもそも、人類はいつから穀物を主食とするようになったのでしょうか。

考古学的な証拠によれば、人類が穀物を本格的に栽培し始めたのは約1万年前、中東の「肥沃な三日月地帯」とされています。小麦や大麦の栽培が始まり、やがてそれが各地に広まって農耕文明の礎となりました。穀物は保存性が高く、翌年の収穫まで蓄えておけば飢えをしのぐことができます。この「蓄積」の発見が、定住社会と文明の誕生を促したともいわれます。

そして穀物の起源には、各地で神話が生まれました。日本の『古事記』や『日本書紀』にも、食物起源神話が記されています。『古事記』のオオゲツヒメノカミや、『日本書紀』のウケモチノカミの体から、稲・粟・大豆・麦・小豆が生まれたとされています。(詳しくは、https://ja.wikipedia.org/wiki/日本神話における食物起源神話 を参照ください。)穀物とは、神の命そのものが姿を変えたもの——そう考えた先人たちの自然観と感謝の念が、この神話には込められていると思います。

四月の雨に思う

穀雨とは、命を支える主食である米や麦などが育ち始める、恵みの雨が降り始める頃のことをいいます。

北海道札幌でも、九州佐賀でも、そして世界のどこかの田畑へも、この時期に空から注ぐ雨は、大地に命の始まりをもたらしているのです。

穀雨の時期に実りの秋を願いながら、降り注ぐ雨に感謝の気持ちを寄せたいものです。

穀物に豊かな実りを!
願いを込めて祝福。

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