歳時記1/24(24ぶんの1)きたみなみ Syunbun 春分(しゅんぶん)

3月20日  春分(しゅんぶん) ” Spring Equinox ” 

春分の日きたみなみ

今朝の北海道札幌市の朝の気温はマイナス2度でした。公園を散歩すると、水たまりは氷が張っており、雪がまだいっぱい残っていました。それでも陽の光は暖かく、木々は芽をふくらませはじめています。春分の朝日を浴びて散歩タイムを満喫しました。

 九州に住んでいた時代の春分の日の頃といえば、私にとっては桜の開花が思い出されます。朝夕は肌寒くも、日中は汗ばむこともあり、脱いだ上着を持って桜並木を散歩した記憶があります。実家の父母たちが近所の気の許す仲間たちと一品も二品も持ち寄って、桜の木の下で宴を楽しんでいた様子が頭の中によみがえってきます。

春分の日ですが、水たまりは凍ってました。

この後溶けますが。

昼と夜の時間が同じ日

春分の日は、秋分の日と同じく、一年で昼と夜の長さが同じになる日です。理由については、国立天文台のホームページなどで紹介されています。

(国立天文台のホームページ「暦Wiki」はこちら 

暦Wiki/日の出入りと南中/昼と夜の等しい日 - 国立天文台暦計算室

日本で春分の日は、祝日として国民の休日になっています。元来は「春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)」という皇族の霊を祀って五穀豊穣を願う祭りとして祝日でした。戦後の1948年からは、「自然をたたえ、生物をいつくしむ。」日として法律に制定されて、春分の日として今日に至っています。神道と関係があるのですね。

彼岸(ひがん)の季節

また、春分の時期は、日本の仏教で「おひがん」と呼ばれる仏事があります。春分の日を真ん中にとって、前後3日の計7日をそう呼んでいます。秋にも同じ期間で仏事が行われます。一般的に、お彼岸の時期にはお墓参りをします。

 昼と夜とが同じ長さになることから、「あの世」への門が開くと信じられて、亡くなった方々と会いやすいということから、先祖供養の仏事が行われるようになったといわれています。お彼岸の中日の春分の日は、愛する人々の魂に想いを寄せる日でもあるといえると思います。

春分の日とイースター

キリスト教では、イースター(復活祭)が最大の行事なります。イースターとは、十字架の死を受けた後にキリストが復活したことを記念する祭日です。その時期には、ユダヤ教の過越祭(すぎこしさい)もあります。イースターは、春分の日後の、満月の後の日曜日と定められています。キリスト教最大の教派であるカトリックでは、復活祭と呼ぶイースターは、今年は2026年4月5日の日曜日に祝われる予定です。

「おはぎ」と「ぼたもち」について

私は子どもの頃からおはぎが大好きでした。お彼岸の時期には、日本のスーパーなどの食料品店には、先祖供養のお供物として、おはぎやぼたもちなどが売られています。昔ながらに、小豆を煮ておはぎを作る家庭もありますが、減少しているといわれています。

 小豆は、昔から魔除けや厄除けの意味があるとされて、この時期などに食べられてきたといわれています。もち米などで炊いたご飯をつぶしたものや、めし粒のかたちが少し残った餅を、小豆で作ったあんこで包んで作ります。甘いもの甘さを抑えたものさまざまあります。

 実は、「おはぎ」と「ぼたもち」は、春のお彼岸と、秋のお彼岸で呼び名や姿が違います。春のお彼岸が「ぼたもち」で、秋のお彼岸が「おはぎ」です。それぞれ、春の花である牡丹(ぼたん)と秋の花である萩(はぎ)からきているといわれていますが、諸説あるそうです。

 あんこの作り方がぼたもちとおはぎでは違います。小豆の皮が残っているのがおはぎで、ぼたもちは残っていません。おはぎはつぶし餡で、ぼたもちはこし餡ということです。理由はいくつかあるようですが、秋に収穫した小豆は、まだ皮が柔らかいので皮も残して作り、春まで保存していた小豆は、皮が硬いので、皮は使わないで中身だけ使うということでした。

 ちなみに、私は「おはぎ」の方が好きです。思い出すとヨダレが出そうです。おはぎの説明だけが妙に長くなりました。お腹が空いたからでしょうか…。

二至二分と四神

さて、二至二分(にしにぶん)とは、夏至と冬至と春分と秋分を合わせた名称です。地球の公転と地軸の傾きにより生じた地学的な四つの季節の節目になります。四神とは、中国の神話に由来する東西南北の方位を司る霊獣のことであり、東が「青龍(せいりゅう)」、南が「朱雀(すじゃく)」、西が「白虎(びゃっこ)」、北が「玄武(げんぶ)」を示す文化的な概念です。方位に合わせて、霊獣や色、季節が合わせて象徴されます。

 春分(Spring Equinox)には「青龍(Blue Dragon)」が象徴とされています。季節のはじまり、成長と発展を表しています。「青春」という言葉もここからきているといわれています。季節の一年を人生にあてはめると、青春の時期(Adolescence)となるのでしょう。

春分の日に命を慈しむ

春分は、天体上の科学的な位置付けを示しています。そこから生じる四季の変化は、実際に生命の営みを支えています。さらに二至二分の概念は、アジアを中心に宗教的な生活文化を形成し、さまざまな文化・芸術などを創造してきたと考えられます。

 季節の変化に目を向け、耳を傾け、呼吸して、肌で感じ、旬を味わい、感謝する。そう意識して動くと、私たちの日常生活の取捨選択も自然に同調したものへと変わってくのではないかと、考えてコラムしてしまった春分の私でした。以上。

龍は架空の動物で、九似といって、九種の動物の特質が合わさっているということです。
なので、合わせてみました。A Iじゃないよ。

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