10月 8日 寒露(かんろ) ”cold dew”
ー 実りの秋と祭りの季節 ー
実りの秋を迎えました。
今年は10月8日から露が冷たくなるという寒露を迎えました。KANNROと入力すると、甘露、甘いつゆと変換されて困りました。でも、秋真っ盛りのこの時期は、収穫された美味しいものでいっぱいです。柿やりんごやみかんなど、甘い果物も収穫され、お店においしそうに並んでいます。朝晩はすっかり冷えて朝露も冷たくなる寒露の季節ですが、甘いもので味覚を楽しませてくれる甘露の季節とも言えそうです。
九州・佐賀の10月寒露の頃はみかんの甘味
かつての体育の日(現・スポーツの日)を迎えるこの頃は、晴れ間も広がり運動会に汗を流した記憶があります。また、稲刈りをはじめ収穫の時期でもありました。佐賀はみかんの産地なので、みかん山までサイクリングをして、みかん狩りを楽しんだ思い出もあります。子どもの頃は温州みかんがほとんどでしたが、今ではデコポンやマンダリンなど、酸味を抑えた、甘くみずみずしい、少しオレンジにも近い味の高級感のあるみかんが増えているようです。
北海道では、りんごが定番です。
りんごは、全国的に青森が有名ですが、北海道もりんごの生産は盛んです。子どもが幼稚園の頃に、園の遠足でりんご狩りに行ったのを憶えています。九州はみかん狩りが定番でしたが、北の北海道はりんごが定番です。
「りんごが赤くなると医者が青くなる」という諺があり、一日1個りんごを食べるのは健康に良いということのようです。最近は物価高でりんごも高くなってきたので、家にりんごの木があればと思ってしまいます。
ちなみに、空知地方の砂川市にある「ナカヤ菓子店」では、毎年この時期にアップルパイが売られ、行列ができます。私も一度並んで買って食べました。国道12号線砂川市内のエリアは、別名「すながわスイートロード」と呼ばれ、北菓楼本店などの菓子店が20店ほど並んでいます。その中での人気店ですので、ぜひご賞味ください。
ターシャ・テューダーさんのりんごジュース
りんごといえば、もう一つ、アメリカの絵本作家で、園芸家のターシャ・テューダーさんの写真集に、収穫したりんごを潰していってりんごジュースを作っている姿が載っていたことを思い出しました。それはバーモント州の寒い冬を過ごしていくための大切な保存食として、搾られたりんごジュースが瓶の中に丁寧に詰められていました。きっと、毎日りんご1個分のジュースを飲むのでしょう。冬の間の創作活動の合間に、精気を与えてくれる一服の清涼剤にもなったのだろうと想像してしまいます。
10月の佐賀の話をもう一つ。「おくんち」などの祭り
秋は、各地で感謝の祭りが行われる季節です。九州北部には「おくんち」という祭りがありますが、長崎くんちの龍踊(じゃおどり)などは、全国的に有名だと思います。佐賀県の各地にも「おくんち」と呼ばれる秋の祭りがあるほか、浮立(ふりゅう)と呼ばれる舞いなどが見られますが、それらは、神への感謝の祈りであると同時に、地域をつなぎ一体とさせる文化になっています。いくつかの舞や踊りは、無形民俗文化財として大切にされ、若い世代へと継承されています。
佐賀県は、そのような地域の宝物をHPにまとめています。以下が、URLです。
「matsuribito さが歳時記 まつりびと」http://www.matsuribito.jp
よろしければご覧ください。佐賀の自慢です。
紀行石狩浜(1) 寒露の朝、秋の空のもと、石狩川の河口を訪れて


日本三大河川の一つである石狩川は、源流から河口までが268kmあり、日本で3番目に長い川です。九州にいたときは、テレビで見るくらいのもので、ヒグマや石狩鍋のイメージしか頭にありませんでした。
ただ、北海道に住んでからは、石狩川水系のこの川を身近に感じて生活してきました。最初に北海道の旭川に住んだ時には、職場の近くに石狩川がありました。
途中で、東神楽町に13年間住んでいたときは、支流の忠別川がそばにあり、春夏秋冬に豊かな自然を楽しみました。
今回は、国土地理院の地図を参考に北海道の河川地図を作ってみました。北方領土の山岳や都市もしっかり載っていたので、横長サイズのこの地図にも記載しました。石狩川本流と支流を①から⑩まで記しています。北海道に住んで、思い出のある川と思いを寄せた川とさまざまですが、これらの川のすべてが石狩川河口に集結して日本海に注がれているのです。

紀行石狩浜(2) 地図①〜⑩について作りながら思ったこと
①石狩川(いしかりがわ)
旭川の職場で大雪山を望む目の前をこの川は流れていました。神居古潭や深川頭首工ができる前は、鮭がたくさんいたという話や、汽船が走っていた話が記憶に残っています。
②豊平川(とよひらがわ)
札幌に住んでから、この川の存在感は大きいです。夏の花火大会や、上流の定山渓など景勝地が数多くあります。
③千歳川(ちとせがわ)
源流は支笏湖(その上流も実はありますが。)あたりからです。分水嶺は千歳空港付近にあるので、千歳川はそこから日本海側(北西)へ流れ、レンガ生産で有名な江別方面を経て、石狩川に合流します。千歳川は鮭を捕獲するインディアン水車が有名です。鮭は本流の石狩川へは遡上せず、ちゃんと生まれた千歳川を選びます。
④夕張川(ゆうばりがわ)
夕張川の流域は、かつて炭鉱で栄え、のちに財政再生団体に指定された夕張市です。行きたいけどまだ行けていません。『幸せの黄色いハンカチ』の舞台でもあり、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭の開催地なので、川を遡上していつか行きます。
⑤空知川(そらちがわ)
滝川から東へ分かれ、芦別をとおり、富良野盆地につながります。十勝岳の麓から上富良野を流れる支流に富良野川があります。空知川は南の金山湖の方面へと続きます。『鉄道員(ぽっぽや)』の舞台となった旧幾寅駅があります。
⑥雨竜川(うりゅうがわ)
滝川から西へ分かれ、雨竜、沼田から北へと続き、幌加内をとおり、上流には人造湖の朱鞠内湖(しゅまりないこ)があります。深川から名寄まで国鉄の深名線があり、朱鞠内湖畔にもつながっていました。
⑦オサラッペ川(おさらっぺがわ)
石狩川の神居古潭の上流には、上川盆地が広がります。旭川市は北海道第2の都市で、北北海道の交通の要衝です。神居古潭側を手首に見立てて右手を当てると、親指にあたる川がオサラッペ川です。鷹栖町(たかすちょう)の町内を流れています。
ちなみに人差し指が石狩川になり、層雲峡などの景勝地を流れ、大雪ダムのさらに上流が源流になります。
⑧牛朱別川(うしゅべつがわ)
右手の中指に当たります。当麻町(とうまちょう)を流れた上流には当麻鍾乳洞があります。当麻町は、皮が黒いでんすけスイカの生産地です。高級スイカで、2025年の初競りでは、最高落札価格が一玉70万円になりました。
⑨忠別川(ちゅうべつがわ)
右手の薬指に当たります。JR旭川駅の駅舎の南を流れているのがこの川です。上流へ遡ると、写真の街で有名で移住者にも人気の東川町と旭川空港がある東神楽町の町界を流れます。とても思い出深い場所です。上流は、忠別ダムがあり、大雪湧水というブランド水もここで採取されています。上流の天人峡や旭岳温泉郷があり、大雪山の登山口にもなっています。
⑩美瑛川(びえいがわ)
最後に、右手の小指に当たるのが、丘の町美瑛へと続く美瑛川です。オーバーツーリズムで観光客が畑に無断で入るなど問題もありますが、四季を通じて美しい街で移住者も多いです。美瑛川の上流は十勝岳につながります。白金温泉郷の近くに青池があり、観光客がひっきりなしに訪れます。カルビーのジャガイモ倉庫も見られます。
追伸、石狩川を語るとき、忘れてはならないのが、酒蔵です。上流から、最近東川にできた上川大雪酒造、旭川の男山酒造、高砂酒造、新十津川の金滴酒造、栗山町の小林酒造、千歳鶴で知られる札幌の日本清酒などがあります。水の良さが酒造りには欠かせません。石狩水系は良い水なのです。
簡単ではありますが、思い出はいっぱいあるので、これらの川の話はそれぞれ単独でいつか紀行文にしたいなと思っています。
紀行石狩浜(3) 浜辺で海と川の境を眺めていると……




石狩の灯台を横目にして木道を歩くと、轍(わだち)が目立つ土砂の道が岬の先端まで続いていました。砂原が広がり、右手から川が海に注がれ、左手から白波が押し寄せる海が川とぶつかって混ざり合っていました。
その日は穏やかな日和で風も弱く雲ひとつなく晴れ渡っていました。ただただ青く深い空の下にある灰色の砂地です。腰を下ろして、川と海の境を眺めていると、カモメがそこらをうろうろしています。赤とんぼと呼ばれるアキアカネがつがいとなって、漂うように何匹も飛んでいました。
あれ?カモメが時々、小走りになり飛び上がり、もぐもぐしている……。ああ、アキアカネを捕食していました。スマホで調べると、カモメは雑食とありました。「何でも食べるんだ。カモメさん」、その様子を手前味噌ですが、漫画で紹介します。

紀行石狩浜(4) 最後に石狩浜の地について
ここは、北海道の大地の土砂が海に吐き出され、日本海の強い波風が陸地に押し寄せて、北に浜地が伸びて人が住む場所へと成長した土地です。江戸時代からこの地はアイヌの人たちとの交易地として栄えていました。詳しい内容は、石狩市のHPでみることができますが、いずれどこかで資料館を訪問した体験記で紹介したいと思っています。
ただ今回感動したことが一つあったので、紹介して終わります。
石狩浜を形成する中で、砂が風に飛ばされなかった理由は、自生する柏の樹林があったからだということです。柏は枯れても落葉せずそのまま春まで枝にとどまり、春先に若葉が出てきてから落葉する樹木です。家系が絶えない縁起の良い木なので、柏餅は柏の葉を使うのだそうです。枯れてもなお枝に残る柏の葉が、冬の荒波と砂を巻き上げる風を受け止めて、石狩浜の地をつくっていたのです。
枯れてもなお残る葉が、土地を、そして後の世の実りを守っている。その話を聞いて、ハッとさせられました。




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