8月7日 立秋(りっしゅう) ”The beginning of autumn” ー 秋の実りのはじまりと命への想い ー
暑い最中に、秋の便りが、涼を感じる
うだるような暑さが続く毎日を過ごしているなかで、暦は立秋を告げます。立秋は、これから先、秋に入るという季節の変わり目を知らせるものです。手紙などの挨拶状は、暑中見舞いから、残暑見舞いへと変わります。まだまだ暑い日は続きますが、それでも先人はそのように残暑と綴ることで暑さの余韻を表現したのでしょうか。言葉は不思議なものだと思います。私は、立秋という言葉のなかに、風鈴の音色を響かせ、ひとすじの涼風が流れ込んでくるものを感じさせる響きがあるように思います。
九州佐賀と北海道の立秋
九州は通常、夏は暑く湿度も高いです。立秋を迎えても8月いっぱいは気温が高い状態が続きます。30年前に佐賀に住んでいた頃は、9月半ば頃まで暑かった記憶があります。
北海道のこの時期も日中30度を超えますが、九州や本州のように40度を超える酷暑となることはありません。湿度もそれほど高くなく、日陰に入れば涼しいはずですが、道産子(北海道生まれの北海道育ち)の方々は暑いと言います。8月7日の立秋は、日差しが強く北海道特有の清々しい夏の日でした。
瑞穂(みずほ)の現れのとき
瑞穂とは、稲穂のことで、瑞々しい稲穂が現れる出穂(しゅっすい)の頃がこの時ではないかと思います。私は農家ではないので詳しいことはわかりませんが、お米づくりにおいてこの時期は、稲の穂が茎や葉の中から外に出て姿を現す出穂を迎え、稲の花が開花する頃だといわれています。
参考:東海農政局HP
地域によって時期に違いはあるかもしれませんが、小暑、大暑の夏の盛りに根、茎、葉が伸び、立秋の残暑の中で、穂が現れ花が咲き、実りへと向かっているようです。季節の変化に稲も呼応しているように思えます。立秋の日に、近郊に車を走らせ田園を見てきました(写真)。やはり、出穂が見られました。近いうちに開花するのでしょう。

一粒一粒のお米に神仏が宿る教え
子どもの頃、ご飯は一粒も残さず食べなさいとよく言われました。「米の一粒に仏が宿る」とか、「一粒のお米に七人の神様が宿る」など、食べ物を粗末にしない、むしろ食べ物に感謝する教えが家族の中で脈々と教え継がれてきたように思います。出穂し開花するこの時期は、まさに米一粒一粒に生命が宿る瞬間なのでしょう。立秋が季節の節目であるだけでなく、命の始まりと思うととても神秘的で崇高な思いがします。
鎮魂の季節
立秋の前日でしたが、8月6日は広島の原爆の日です。毎年この日は、テレビを付けて一緒に黙祷をします。画面で見る爆心地公園の緑と鳴り響く蝉の声が原爆投下当日の汗ばむ夏の朝を思わせます。毎年のことですが、少し緊張感を持って平和記念式典に臨みます。入道雲の夏空がイメージとしてあります。
立秋を過ぎた8月9日、長崎の原爆の日にもできるだけ黙祷するように心がけていますが、仕事中だったりすることが多々あります。母が子どもの頃にこの地で被曝しているので、長崎には特別の思いがあります。立秋を過ぎたせいか、暑さは厳しいものの、天空を彩る筋雲が見られ、秋のはじまりを感じつつ慰霊の念を深めます。
そして、8月15日は、日本では終戦記念日です。戦没者への慰霊と平和構築への意志を誓う日という認識が私にはあります。社会情勢が変化しても、その認識は変わることはありません。それは死者たちの願いでもあるからです。
ちなみに、8月15日はカトリック教会などでは、聖母被昇天の祝日になります。聖母被昇天とは、聖母マリアが地上の生涯を終えた後に天に上げられたことです。1549年に、フランシスコ・ザビエルは日本への上陸をこの日に合わせたといわれています。聖母が天に迎えられた日という視点からも、8月15日は、世界が特別に思いを寄せる日であることがうかがえます。
お盆の季節
お盆は、祖先の霊を祀る行事として日本の各地に受け継がれている慣習です。日本古来の祖霊信仰と仏教が融合したものと考えられています。あの世に行った家族が帰ってくるので、迎え、ともに過ごし、送り出す行事を行います。例えば、盆踊りは、地域の交流会というより、本来は戻ってきた魂と過ごす儀式に由来します。そこに故人の存在があります。家族が亡くなって初めて迎えるお盆を初盆と言います。家族の霊が帰ってくる場所がわかるように灯す火を迎え火といい、送り出すときに灯す火を送り火といいます。地域によって違いがありますが、8月13日に迎え火を焚き、16日に送り火を焚く習わしが残っています。
受け継がれた盆行事
私の実家では、お盆の始まりの夕方から玄関先に家紋が付いた提灯に火を灯して迎えました。お盆の最後の晩に茅で編んだ小舟を作って、それにお供物を入れ、灯りをつけた蝋燭をそえて川に流していました。それが先祖をあの世に送る送り火でした。
京都の大文字焼きなどは、その土地の送り火です。また、長崎の精霊流しは、送り火が盛大化したものだと思われます。この時期に日本各地でさまざまな形で文化として受け継がれています。




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